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八犬士 |
南総里見八犬伝の主役、八犬士。
その人物像と履歴を各犬士別にページにしたのがここ。各犬士が玉を入手した経緯や、各犬士の体にある痣の位置についての情報もここにある。
メニューの並びは玉の順番。
登場順でいえば、犬塚信乃・犬川荘助・犬山道節・犬飼現八・犬田小文吾・犬江親兵衛・犬阪毛野・犬村大角。
犬士の群れに加わった順でいえば、犬塚信乃・犬川荘助・犬飼現八・犬田小文吾・犬江親兵衛・犬山道節・犬村大角・犬阪毛野。
親兵衛が犬士に加わったのを富山での再登場時だとすると、犬士に加わった順は、犬塚信乃・犬川荘助・犬飼現八・犬田小文吾・犬山道節・犬村大角・犬阪毛野・犬江親兵衛となる。
原作における八犬士は「神童」(坪内逍遙は「
小説神髄」で「仁義八行の化物」と呼んでいる)であり完璧なスーパースター。個性の違いはそれほど強烈ではない。それぞれの人物像の違いを語るのは意外と難しい。
漫画などのアレンジ系の八犬伝では当然のことながら八人それぞれに強い個性を持たせているだけに、そこから八犬伝の世界入ってきた人には原作の八犬士には違和感があるかもしれない。
もちろん馬琴は意図的に「神童」に設定したのである。
人間性の欠如云々という批判(とある八犬伝児童書のあとがきには「それゆえに文学として弱い」とまで書いてある。児童にそういう先入観を持たせちゃいかんぜよ)もある。現実の人間は確かに八犬伝中の登場人物ように善悪明確に区別できるものではない。だが曲亭馬琴がその程度の人間洞察を持っていなかったわけがない。たとえば、小谷野敦著「
八犬伝綺想」のように、八犬伝が奥深いところで勧善懲悪を超越していることを論理的に導き出した本もある。
八犬伝において悪のキャラクターはリアルである。
神童八犬士の現実離れした姿とは対照的だ。この悪のリアルさゆえに現実の悪に苦しむ者は共感し、それらを倒してくれる八犬士に理想の姿を見ることになる。