愛語 ~無償の愛~

「愛語というは、衆生を見るに先ず慈愛の心を発し、顧愛の言語を施すなり」
曹洞宗でよく読むお経(修證義第四章 発願利生)にある愛語(あいご)である。
訳)どのような相手に対してもいつくしみの愛情のこもった言葉を使うこと

先月下旬に3泊4日で沖縄(石垣島)へ家族旅行のご縁をいただいた。
息子らも職に就き、皆で旅行することはないような気がして最初で最後だと
思って計画をしたのである。
ここで登場するのがご無沙汰していた地元の旅行会社のO氏、パグ友のU氏。
特にU氏には今回も大変お世話になった(3年前に銀婚式を迎え、ご褒美にと
プラン立てていただいたことも)。ツア-コンダクタ-のようなことも以前
されてたらしく、また沖縄には家族で何度も行っていて、地元に友人の繋がり
が多いようであった。
景色を頭にそして食事、ショッピングとメ-ルで何度も何度も情報提供して
いただいた。原案はO氏、そしてU氏の情報通りに行程表が組まされて行く。
そして息子・娘らからのリクエスト・・・。小生の53回目の誕生日も島唄
ライブ居酒屋で祝っていただいた。 本当にいい旅行ができた。

無償とは、償うことが無いこと。利害関係が無いこと。無動機。ただ・・。
そこにことが進もうとしているいや進んでいる中で、自らを投げ入れて
我が事のように慈悲のこころを起こすことである。
でも起こしていること自体わからないのかもしれないそれが無償。
人脈と混同されがちであるがそうでない。なにかで役に立つことにある
人と人の繋がりが「人脈」。それを豪語する方には首を傾げる。

つくづくU氏の言動には頭の下がる思いだった。
人でも物でも愛するということはこのことである。
これが無償の愛だと痛感した。
そして人とのめぐり会い(縁)の大切さを教えてくれるのも愛語である。

愛語の人となりうるには、好んで愛語を口にすることを常に心がけていさえ
すれば、愛語それ自らが追々と生長し、その結果、日頃なにも気付かなかった
ことに気付き、自然と口に出るようになると宗祖道元禅師様は云われる。

今年一年お付き合いいただき有難うございました。
明年も宜しくお願い申し上げます。