潜行密用(せんこうみつよう)は、
  愚(ぐ)(ごと)(ろ)(ごと)し。
   只(ただよ)相続(そうぞく)するを、
      
主中(しゅちゅう)(しゅ)名付(なず)く。

新年を迎え健やかにお過ごしのことと拝察申し上げます。
日頃は菩提寺護持のためにご協力いただきまして厚く御礼申し上げる
次第でございます。

千年に一度と云われた昨年の東日本大震災。徐々に復旧復興しつつある昨今ではありますが、まだまだ至らぬところが多いようでございます。  昨年の秋彼岸最中に陸前高田市を見舞ったときに目の当たりにした光景と自然の驚異に唖然としました。そして身震いしながら浜辺でお勤めをさせていただいたことが昨日のように思います。 「自然には逆らえないんだなあ、自然との共存をしつついかなる場面に遭っても最小限に食い止める智慧を日頃の生活に生かさないといけないんだなあ」とつくづく思い知らされました。
さて、タイトルの文言は曹洞宗で読むお経中の「宝鏡三昧(ほうきょうざんまい)」という経文の最後にでてくる言葉であります。

潜行密用(せんこうみつよう):人知れず行動し、隠れて働くこと。
  魯の如し(ぐのごとし)   :魯はおろかなこと。愚かで鈍い。
  主中(しゅちゅう)の主(しゅ)真の主人公。
  只能(ただよ)く相続するを、主中(しゅちゅう)の主と
                    名付(なづ)く。

                         分その状態を保持するのを、
                    「真の主人公」と名付ける。


ただの人になる・・・。どうしても私たちは油断していると邪まな考えが湧いてきます。明日があるから今日はこの辺で止めておこうとかこのことをすると誰かになにかをいわれるのではないか。究極には愚の骨頂ともいうべき、「見返りを求めて言動を起こす」ことです。
さて真の主人公とはなんでしょうか。
そこに人が居ようが居まいが、自然体で物事に対して行動し、隠れて働くことは一見して愚か者のようで魯鈍でありますが、その状況を自然に保持出来るならばその人が本当の主人公となりえる資格を備えていると経文は教えてくれています。 また、相続するということは、物でも心でもそれを提供して戴いた縁の方々から正しく受け継ぐことです。 そして受け継いだものや心を自らが吟味していろんな味を加えて、調理して食卓に添えることでもあります。食する人はさまざまです。いろんなご意見も拝聴しながら自分のものにして行くことが相続することであり、まさしく真の主人公であります。

初心わするべからず=今日は残りの人生の最初の日、皆さま方のご多幸を切にお祈りいたします。