人間万事塞翁が馬(送る気持ち、迎える心)

歓送迎会であける年度末と年度初め。
まさに風物詩の如く、人を送りそして迎える。
「送迎」「出入り口」「送受信」「往来」「発着」・・・・。
考えてみると、送ってから迎え 出てから入って 送り受信し 行き来る。
どうして迎えて送らないのか 入ってから出ないのか・・・。

まずは行動を起こせ、動いて見ようと聞こえてならない。
行動を起こすにはそれなりの見方考え方、方法、思いをそれぞれに馳せる。
そして学ぶ。内に秘めたのもを試してみる。
その結果が迎えること入ること 受信すること 来ること 着くこと。
そうしたとき、送ると云う事は次に迎えることの始まりであるからだ。
(メ-ルが横行しているが、送信したのに相手から返信が来ないのを心配している
 のと同じである・・・電話なり、手紙なり手段はあるのに・・・・・気配り心配りを)

人間万事塞翁が馬の故事が往々にしてあること。
  中国の北の方に占い上手な老人が住んでいました。
  さらに北には胡(こ)という異民族が住んでおり、国境には城塞がありました。
  ある時、その老人の馬が北の胡の国の方角に逃げていってしまいました。
  この辺の北の地方の馬は良い馬が多く、高く売れるので近所の人々は
  気の毒がって老人をなぐさめに行きました。
  ところが老人は残念がっている様子もなく言いました。
  「このことが幸福にならないとも限らないよ。」
  そしてしばらく経ったある日、逃げ出した馬が胡の良い馬をたくさんつれて
  帰ってきました。そこで近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を
  振って言いました。
  「このことが災いにならないとも限らないよ。」
  しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。
  近所の人たちがかわいそうに思ってなぐさめに行くと、老人は平然と言いました。
  「このことが幸福にならないとも限らないよ。」
  1年が経ったころ胡の異民族たちが城塞に襲撃してきました。
  城塞近くの若者はすべて戦いに行きました。
  そして、何とか胡人から守ることができましたが、その多くはその戦争で
  死んでしまいました。
  しかし、老人の息子は足を負傷していたので、戦いに行かずに済み、無事でした。

4月8日は「天上天下唯我独尊」と上下を指さしてお叫びになったと伝わるお釈迦様の
誕生である。一人一人が大切な命を精一杯活かして限りあるわが命に花を開かせよう。