虎を画いて狗に類す

ようやく桜開花のたよりが近づいてここ函館も春日よりを迎えた。
先月からお檀家廻りの地域が代わって2順目を迎える。
前地域のお檀家さんでの話にはないようなご苦労されている家が何軒かあった。
その中でも衝撃なお檀家さん2軒が脳裏から離れない。

1軒目は、ご自宅も郊外にあっていい佇まいをしたお洒落な家であった。
熱心にお参りする40代のご夫妻がいた。
お話を聞くと、娘さんと息子さんの2人の子供がいて3年前に何万に一人居るかいないか
という難病に罹って二十歳をまえにして亡くなられた。あちこちの病院から症例がないから
というので預けていただきたいとしつこく謂われたという。
看護士を目指して専門学校に通っていた娘のこともあってか相当悩んだそうである。
しかし、御夫妻で出した結果はそっとしてお墓に埋葬されたという。
それから1年後今度は息子さんが不慮の事故で脳挫傷で不随に・・・。
人生とはなにかとかこれから伺うかもしれませんという目には涙が潤んでいた。

2軒目は、細々と歯科技工士をされているお宅。御夫妻とも足腰が不自由な体で仕事を
請け負っていた。そんななか、自らの父親が他界しメインだった歯科医院(年中無休で
夜9時まで営業している)の先生に”実は父が昨晩亡くなったので今日納めさせていただく
仕事をせめて通夜葬儀終る迄延期してくださいませんかと丁重にお願いしたところ、その
歯医者の先生曰く「あんたの親だろう、俺の親でないから関係ない!」と断られた
(仕事優先を)そうである。
ご夫婦は悩んだ挙句、その歯科医院との仕事をすべて断ったそうである。
半年間、全く仕事が亡くなって廃業寸前にまで陥った。そんなところへ別の歯科医院から
運よく仕事が舞い込んで現在にいたっているという。
ご主人曰く”いろんな人がいるけどやっぱりその人の人柄ですよね。断腸の思いでいままで
十中八九その歯科医院からの仕事で成り立っていたけど良かったと思ってます”と。

『虎を画いて狗に類す』
中身のない人間ほど貧困なものはない。中身がないくせ人真似だけをしただけでは、恰も
画才ない者が、〈虎を画いて狗に類す〉るに等しい。
厳しい世の中だからこそ、常にこころにユトリある人間形成をして行きたいものである。