彼岸は何処にあるのか?

まだまだここ函館は冬の真っただ中にあります。
今年はどうしたことか例年以上に気温が低く雪が積もる一方です。
先月函館に住んで初めて早朝-13℃を体験しました(岩見沢に行った時以来)。
でも今月彼岸を過ぎれは・・・ もう少しの辛抱です。

お彼岸を控えてお寺巡りをしていた青年がいました。
その青年、ある蟠りを抱えていました。
「彼岸、ひがんというけどこれはお坊さんが作りだしたものじゃないか」ということのようです。
その青年にお話ししました。
「貴方のお父さんが亡くなった時に、三途の川の渡し賃として六文銭を用意しましたね。
単に習慣でそうしたと思われたでしょう?でもこれば利にかなっているんですよ。
三途の川というのは、三毒といって貪(とん:むさぼり)・瞋(じん:怒り)・痴(ち:おろかさ)で
この毒におぼれている以上、仏さまになれないとの教えです。
そこでむさぼり、怒り、おろかさの川を渡るには六文銭が必要だということなんです。
六文銭とは仏教で云う、六波羅蜜(ろくはらみつ)のたとえで、六波羅蜜とは迷いのこちらの
岸(此岸しがん)から悟りのあちらの岸(彼岸ひがん)へ渡るということで、具体的には悟りを
得るための六つの修行を云うんですよ。
一つには布施(ふせ:施しをすること)、二つには持戒(じかい:戒律を守ること)、三つには
忍辱(にんにく:苦しみに耐えること)、四つには精進(しょうじん:何事にも怠らず励むこと)、
五つには禅定(ぜんじょう:心静かに乱さないこと)、六つには智慧(ちえ:真実の教えに
目覚める)という、六つの修行なんです。  この六つの修行を六文銭に例えたわけです。
だから、三毒という三途の川を六文銭という六つの修行をすることによって渡ってしまうと
いうこと、それを成し遂げるのが彼岸の意味なんですよ。
こうしてみると、お彼岸は亡き人へのご供養とともに生きている私たちにとっても学ぶべき点の
多い行事ですね。つまり、この世においてこそ彼岸へ渡らなければならないのですね。」

*三途の川=これは俗に人が死んでから冥土へ行く途中にあるとされる川の名前。死者は
         死後七日目にこの川を渡ることになるが、この川には三つの瀬があるという。
         その瀬はそれぞれに流れの緩急が異なり、死者の生前の業(おこない)によって
         その渡る瀬が決められるという。