岡本語録その1

世間の目線に立って民衆の立場からご教示していただいている岡本さんと云う方がいる。
92歳になったがお元気で居られる。いまは週3日のデイサ-ビスを楽しみにされている。
そんな岡本さん、私が函館に着任して5年程経って月参りの代行としてお宅へお邪魔したのが
最初であった。 ”今日はお爺さんの33回忌なので宜しくお願いします”といきなり言われて
おたおたしていた(担当から聞いていなかった。ましてや法事の仕度すら用意していない)。
”そのままでいいから・・”と云われた。 仏壇の脇にはよろずの神々。
家族一同を会して緊張しながらお勤めをしたのを覚えている。 終って懇ろに合掌してる姿を
見て信仰心とはこの形から入るのだろうと思ったりもした。

そんな岡本さん、数あるご教示を2~3 語録として御紹介したい。
僧侶の日頃の月参りに伺うときの容姿について
  『まずは衣・絡子・着物・足袋がお経を引き立たせるんだよ。汚い格好や綻びた衣服を平然と
   来ているお坊さんはだめだね。いくらお経が立派でもそこにはありがたさがやってこないよ。
   だから最低限のエチケットとしてきちんとして衣服を纏うのがお坊さんだよ。その人のこころを
   見られてしまうから気をつけなさいよ』

最近の若い人は信仰心が足らないとある人がいったことに対して
  『そうじゃない!感謝するこころがあればすでに信仰心がそこにはあるんだよ。 花をみて
   ”綺麗だな~”とか”なにかしていただいたことに対してありがたいなあ~”と感じること。
   信仰は感謝から、感謝は信仰からだね』

あるとき出羽三山にある神社にお参りにいったとき受付で願い事を聞かれて
  ”別にありません”と云ったら執拗に巫子さんが何度も”お願いごとはなんですか”と聞くもんだから
   いやだったけれど言葉を返しました。
  『そのくらいここの神様はお見通しだよ。函館からこうしてわざわざお参りにこないよ。
  私がなにを思っているかちゃんと分かっているから心配しないでください。  
  そっとお参りさせてください、終わった静かに帰りますから』

とにかく篤信の方である。
また思い出したら御紹介します。