直木賞受賞作「蜩ノ記」に想う

先月お檀家さんから勧められた単行本である。
そのお檀家さん、50代でご主人を亡くされ 本に救いを求めた人である。
居間と隣室には単行本が300冊ほど蔵書している。
他界されてからは、なににすがっていいのかなにを信じたらいいのか何年も悩み苦しんだ
そうである。
そんな矢先、ある方から本を勧められ安らぎを得ていまの自分に落ち着いたという。
特に時代物が好きで、頭に心に描くとす~と溶け込んでいく自分が心地よいそうである。
”奥村さん!この本いいよ。職業柄、死ということをどう捉えるか、主人公そしてそれを
取り巻く家族をはじめ縁の人たちのこころの変化・・・  すごく泣けるから・・・”
10月4日全国東宝系ロ-ドショ-の知らせを聞いて一生懸命読書する。
完読できないまま映画館に妻と通った。
              ・・・(描写に多少無理があり、読む前に映画を観るべきだった)

江戸中期から後期にかけて豊後・羽根藩を舞台に生を全うした、武士 戸田秋谷(とだしゅうこく)。
切腹までの軌跡と秋谷の監視役 庄三郎との心の葛藤を明らかにした作品である。
      ~命を区切られたとき、人は何を思い、いかに生きるか?~
罪を問われ、藩主の思し召しひとつで生命に期限をつけられ、切腹しなければならなかった秋谷。
 「未練がないと申すは、この世に残る者の心を気遣うてはおらぬと言っておるに等しい。
 この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう」
と生を締めくくった。

昨日は、禅宗の初祖 達磨大師のご命日の法要が行われた。

梁の武帝:悟りの究極とはどのようなものか?
達磨大師:廓然無聖(かくねんむしょう)!
         からりと晴れた大空のように何もない。
         凡人、聖人とか分け隔てなく、こころに掛かる一片の執着もない境地・・・・・・。
秋晴れに生えた境内の達磨大師像が無言の説法をしていた。
いかに生きるか・・・・ なにを思うか・・・・