節分と豆と鬼

私が25歳の時に救急車で運ばれる顔面負傷の大怪我をしてから「厄年」ということを
意識するようになった。
それから時がたち、男性最大の厄年を迎えることになった。
前厄にある日、実家の母から柄の部分に奉書と紅白の水引に巻かされた「鎌」が
送られてきた。母に尋ねると”厄を刈ってもらう”ためだという。
翌年は本厄だ。どうしたらいいのかと先に尋ねたところ”家族や知人、友人を集めて
ご馳走する”といいという。所謂、”厄を食べてもらう”という訳だ。
次の年は後厄。ダメ押しに「包丁」が奉書と紅白の水引に巻かれてやってきた。
また母に尋ねたところ”厄をさらに刻んで無くしてしまう”のだという。
言われるとおりに実践実行した。(まあお蔭で厄年を無事にクリア-できた)

節分もそのような意味合いがある。
旧暦である立春は正月元旦(年の始まり)。その前日の節分は大晦日。
一年の邪気を祓って良き年を迎えるための行事なのである。
平安時代の宮中では陰陽師らにより、旧年の厄払い・災難を祓う”追儺”の行事が
行われていて、さらに室町時代以降には豆を撒いて悪鬼を追い出す行事へと発展した
ようである。

鬼=おん(陰)に由来 おん=目に見えない気=邪気のこと=鬼:邪気・厄の象徴とされる。
隠れている怖いもの『隠人(おんにん)』が変化したものだと云われている。
形のみえない災害・病い・飢饉など人間の想像力を超えた恐ろしい出来事はすべて
鬼の仕業だと考えられていたのである。

そして「豆」の登場・・・中国の習俗が伝わったとされる
豆=魔滅(まめ)に通じ、無病息災を祈る意味。
魔の目に豆を投げつけて”魔を滅する(魔目)”に通じる訳である。
その昔、京都の鞍馬に鬼が出たとき、毘沙門天のお告げによって大豆を鬼の目に
投げつけたところ、鬼を退治できたという話も伝わっているようである。

豆は生の豆ではなく、炒った豆でなくてはならない(芽が出るので縁起が悪いという)。
炒る=射る 鬼や大豆は陰陽五行説(木・・土・・水)の五行のうちのに当たり、
この金を火で炒ることで鬼を封じ込めるという意味が込められている。そして極めつけは
人間が最後に豆を食べることによって鬼を退治した(する)ということになるのである。

二月三日には神社仏閣ではそれぞれに「節分追儺」の行事が行われる。
厄年に当たる方、年男年女の方を中心に皆で邪気を祓い良き一年になりますよう祈願
したいものです。