年を忘れる

今年もいろんな出来事があった。
出張祈祷依頼、智恩寺先住忌、長男結納、富士登山、水害法友寺院お見舞い、
智恩寺役員交代、長男結婚式などなど。どれも忘れがたい出来事である。

『忘年』とは、辞書によると「年の老いたのを忘れる、年の差に気を止めない」こと
だとある。ところが「忘年会」となると「その年の労苦を忘れるための宴会」とある。
しかし、どちらにしても日常の生活の中で見聞きし体験してことや、差別相対の世界
を一切忘れ、一度白紙に返ること、心身共に「真っ新」に返ることである。

それは今年のいろんな出来事が根底にある。
あれはよかった、こうすればよかった、これはしない方がよかった・・・
反省の師走である。来年への望年の月なのである。
だから忘れることも必要になる。
お釈迦さま曰く「忘れることも供養」申された。
道元禅師様は「自己を習うとは自己を忘れること」という御言葉や至道無難禅師様の
「生きながら死人となりはてる」というお諭しなど、多くの高僧方のご教示を引用すれ
ば、枚挙に暇がない。

今年もさまざまな垢が溜まった私たちのこころ、色に染まった知識、そして自分と他人
、愛と憎しみといった相対の世界を一度忘れ去って「真っ新」の自分に帰って新しい
年を迎えることにしよう。

今年も一年、お疲れ様でした。お付き合い有難うございました。