襟を正す

早いものです、桃の節句、卒業、送別会等々の季節、弥生となりました。
年度末と称して今月は『襟を正す』ということをお話しします。

あるお堂に木像の神様がありました。いつごろか、その神様は予言を
したり、善い忠告をするようになりました。
その予言はよく当たると評判になり、供物やお布施は山のように積まれ
参拝者は後を絶ちません。
ところがある日から急に神様は変わってしまいました。どうしても理屈に
合わない、馬鹿げたことを喋る様になりました。

この話の種明かしをしますと、この木像の中は元から空っぽで、その中に
お坊さんが座ってお告げをしていたのです。
最初はとても聡明なお坊さんが喋っていたのでまともなことを云っていたの
でしたが、そのお坊さんが居なくなり代わりに愚かなお坊さんが入って
お告げをするようになってまるっきり変わってしまい、木像はただのデクノボ-と
化してしまったということです。

この話、いろいろ考えさせてくれます。
①神様にはなんの責任もありません、人間の矛盾でしかないものを神のお告げ
とするとき、信者様から無批判に受け入れられてしまうものです。
信ずる側の望みを叶えて欲しいという欲望も、神を作り上げることに協力して
いると思います。
②たとえ優れた教祖や僧職者であっても、神様にまで崇められると自分を見失い、
勘違いを冒すことがある危険性です。

この寓話は、聡明な僧と愚かな僧の違いというよりも宗教者がしていいこと、
してはいけないことの区別を説いたものですね。
今一度我にかえり、それぞれに襟を正してみたらいかがでしょうか?ご用心!