冥利と冥加

気が付いたらもう10月も10日過ぎてしまった。
今朝もいつもどおり、達磨大師尊前にお勤めをしてきた。外気5℃、肌寒い。
「今日もお守りください」 と誓う。
そこには自らだけでない。達磨様を慕う人、観光でたまたま寄っていただいた方、
奉納された方、浄財を寄進された方・・・・・。
こうして表現できない人・物・いのち。
そしてその方々の願いであり、誓いである。それを達磨様に委ねるのである。

冥利とはそういうことかもしれない。冥とは「暗い」 「目に見えない」ということである。
いわゆる「おかげさま」。おかげのかげは暗い蔭のこと。
自分ではみえないから蔭である。
平生我々はどうしても見えることを中心に生きている。見えないと信じない。

「○○冥利に尽きる」「冥加に余る」とかよく云ったり聞いたりする。
自分のわからないところ、自分の気づかないところで、いつの間にか加えられている。
仏さまのご加護、ご利益、それが冥利であり冥加である。

10月5日は達磨様のご命日で法要が勤まった。
このこともお土産話としてご参詣の方々へプレゼントした。32名の善男善女へ。