供養のバトンタッチ

「お寺さん!法事も私達夫婦だけでやりますから♫」
「子供らは東京に住んでいて法事にこれないといってますから♬」
「私達の葬式代は今から用意していて子供たちに迷惑を掛けないように
 してます(^^♪」
「子供たちはこれからの供養なんてできないと思いますから」

お檀家さんからの一部の声にこれからの仏事の在り方を問われ試されている
月参りも徐々に減りつつあることやほんの一部には妻(夫)の法事さえしない
家庭がでてきたのである。
そして深刻なことに昨年からお墓の魂抜き、所謂「墓仕舞」の依頼が数軒あり、
家事情からか仏壇の魂抜きと永代供養を推奨せざるを得ない状況が現実化している。

私は供養が失速していると感じている。一僧侶として大問題なのである。
初心に戻って最近、法事や通夜の説教にこれらを紹介することが多くなった。
毎日の月参りでは、永代供養の意味やなぜ自分(親世代)だけで仏事を済ませて
しまうのかを敢えて説いている。相談も多くなった。

「ご主人(奥様)!もっと後姿を見せましょうよ。そんな機会が冠婚葬祭、特に葬の
部分でしょう? 自らの供養を台無しにしてますから・・ ご先祖をこうして毎月
供養してきましたよね、色んな思いを仏壇(ご先祖様)に託して来ましたよね~。
子供の都合に合わせるとか、家族が久しぶりに会った時やなにかの会話のときに
まずはご自身の死生観(私の葬儀は)を話し合いましょう⤴ 費用(お布施)も若干
子供さんに負担させましょう⤴ 
供養するということは供養されることをお忘れなくお願いしますね。そういう場所が
法事ですから 葬式ですから・・・」

私はそれを『供養のバトンタッチ』だと思っている。
バトンを落とさずしっかりと渡しすのが私たちの使命であると。