お盆のこころ

今年もここ函館はお盆がやってきました。
私は、お盆の心を別の角度からみると「先祖と私の罪滅ぼし」にあると思います。
すなわち、我が子、我が家可愛さのあまり不本意ながらも、時に餓鬼のような
欲に走り、人さまに迷惑をかけたかもしれない先祖の「成仏」がはたせるために
そしてまた、今生きる私自身の中に潜む餓鬼のこころを追い払って、先祖と私が
共に等しく「成仏」できるようにと営まれる行事がお盆であります。
いわば両者の「罪滅ぼし」の行であるわけです。
さて、それでは両者が共に餓鬼道から救われて成仏ができるためにはどうしたら
良いのでしょうか。
それには少しでも多くの人々に物心両面での「施し」をすることです。
だからお盆には親戚縁者はもちろんの事、有縁無縁、生者亡者を問わずに
いわゆる「供養」が盛大に行われるわけです。
たとえば、無縁者の霊を呼ぶために、施餓鬼棚を玄関先に設けたり、我が家の
先祖の位牌と共に、三界萬霊の位牌を祀って供養をし、あるいは川の魚や山の
動物たちにも食べ物を施すなどの風習が伝えられているのもこのことからです。
要するに自分だけ、身内だけを可愛がり、我が家の先祖供養だけに留まって
いたのでは、本当の救いは得られないということです。
自他共に幸せになることを願い、自他同時に救われる道を歩むというのが
お盆のこころです。
良きご供養をお願いいたします。