人間性回復週間

私はお彼岸を勝手にそう呼んでいる。
「国民の祝日に関する法律」によって、春秋の彼岸の中日は祝日と定められている。
春分の日は「自然を称え、生物を慈しむ」日。
秋分の日は「祖先を敬い、亡くなった人々を偲ぶ」日と意味づけられている。
祝日(昔は旗日と呼んでいたが最近は聞かない)が人間の勝手により、経済の都合により日曜日とくっつけられたりしていたり、祝日の名前が変わったりで意味合い(趣き)も薄れてきてしまった。そんな中でこの彼岸の中日だけは永遠に変わらないことを信じている。
まあそれはともかくとして・・・・。
私たちは多くの生き物を食事として命を維持している。食べ物も命あるもの、また水や日光、空気など、生きる上で必要な環境を与えられている。
しかも、生き物が生きるために必要な環境は基本的にタダなのだ。
しかし、そのどれもが「当たり前」で済まされているところに人間の行き詰まりを感じる。
当たり前の反対語は「おかげさま」。ふだん見えない「かげ」の力に対して敬語の「お」と「さま」をつけて「おかげさま」と表現される。
「当たり前でなくなって、初めて知るありがたさ」とか
「咲いた花見て喜ぶならば、育てた根っこの恩を知れ」と言われる所以である。
人はみな、一人だけの力で生きていくことはできない、自分のためだけに生きるものでもない。
お互いが、他者に力を与えつつ、その支えともなってこそ人間である。
彼岸の好時節、燻っている人間性を取り戻したら如何だろうか。