環中虚

修行時代の師から頂いた言葉である。
「たまきのなかはからっぽ」

当初なにを書いた文字もわからないまま修行を終えてしまった。
今回、今月のお話が1週間も遅れてしまった。
今月に入って、主宰してる例会、娘の会社ご一行様の接待、息子の帰函。
さらには檀務・法務が忙しく続いていたからだ。
忙しさに感けて「なまけている」のである。

そしていつの時代でも時代の風潮をなげく声を耳にする。
生きている証拠とはいうが、その原因をあれこれと考えている。
人間離れをしているような人に憧れ、人間臭さのある人に惚れる。

師は言う。
 「かくの如きものが、かくの如く生きている」ことに気付けば、それが生かされてある
 ということ。
 環「たまき」の中はからっぽである。よくものを通す。塞がることはない。お互いに、
 余計な主義主張をもたぬことである。いつも「からっぽ」でおればよいことである。
 天地の絶妙の摂理の中に安じておることである、それが「虚」ということである。
 歴史を学ぶということは、このことに気がつくことである。

特に今回、行き詰まってしまった次男の帰省にそうであれと願うばかりだった。
一泊ではあったが、親としての指針を話せ、来た時の顔とは数段違ってわだかまりの
とれた顔で上京していった。からっぽでのスタ-トととなればいい。