父の死

『落ちぶれて袖に涙の掛かるとき
            人のこころの奥ぞ知らるる』

窮地に追い込まれ転職も考えたころの父からのメ-ルである。
とことん闘う姿勢を持っていた自分にやさしい言葉をかけてくれるのかと思っていた
矢先にメ-ルとともに浴びせられた言葉が・・・あっさり!
 「現職を辞めてしまえ!」であった。
あのとき辞めてしまったらどうなっていたのだろうかとふと思う時がある。
そんな我が師匠(父)が7月23日午後7時50分(実際には午後5時10分頃)遷化した。

今月のお話vor85には「師匠、82歳」と題してこんな一説で締めくくっていた。
  
人を利するは実に己を利するの根基なり・・
  人に利益 を与えることがかえって、本当は自分を利する
  ことになるのだが、これがなかなかわからないのである。
  世の中もちつもたれつ、父の浄行に頭 の下がる思いである。
  それはまた般若湯から生まれたであろう数々の智慧、
  カラオケと箸袋収集とお檀家さん。
  それぞれに82年の重 みがある。

まさしく現実を良しも悪しきも地で逝った父であった。
 
    遺偈(ゆいげ:父の最後のことば)には
       保 任 禅 苑(ほにんぜんえん)
       九 十 三 年(くじゅうさんねん)
       明 堂 薫 風(みょうどうくんぷう)
       宏 雲 流 選(こううんりゅうせん)

    大意:禅の教えを広め、幼保教育に身を任せ、苑には多くの声が響いている。
      気づくとはや九十三年にもなってしまった。
      いま、明堂山裡には夏の薫る風が吹いている。
      これから逝く世にも感謝報恩の誠を捧げ、宏き善き雲を選び、流れのままに
      あの世とやらに行こうではないか。