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続コロナ禍のなかの摂理

先月のお話は、信心でした。
今月は「摂理」と題してお話させていただきます。
摂理とは、 《自然界を支配している法則》とある。

北海道新聞の朝刊に読者の声が掲載されている。
毎日目を通すのが日課となっているがそれぞれに世情を捉えていて同音に値する。
後志管内にお住いの主婦の投稿である。
 NPO法人代表の湯浅一郎さんが「科学技術の発展を背景に無制限に開発を進め
 てきた現代文明こそが、コロナ禍を招いた」
 「コロナ禍は、生物多様性を急激に減少させてきた現代文明んに対する自然からの
 警告」との指摘をされている」
 主婦曰く「経済活動も大事ですが、自然を破壊し多くの生物の居場所を無くすことが
 地球の生態系を狂わせ、人間にとっても大きな災いになっていると思う」「人間は
 今一度、浪費型の文明を見直し自然との共生の必要性を再認識するべきたと思う」
 結びに、「一向に収束しないコロナ禍は自然に対する人間の傲慢さを教えてくれて
 いるのかもしれない」と・・。

便利の中の不便。あまりにも便利にどっぷり浸かってしまった現実を見つめ直さなけ
ればならない。法則に則っり、自らが考え行動を起こそうでないか。

「覚知(かくち)に交わるは、証則(しょうそく)にあらず」 と宗祖道元禅師様は仰っている。
意識したのもに本物はないと私は理解している。