早いようだが来年は戌年。

悲しいかな、犬の付く諺や喩にはあまりいい表現がされていない。
役に立たないものの喩に「犬侍」・「犬山椒」、無駄であることを表す「犬死に」。「犬猿の仲」
だったり、「犬に論語」で無駄ばかり。「犬も歩けば棒にあたる」と災難続き。「犬の遠吠え」し
空威張りに他人の非難。夫婦喧嘩は「犬も食わぬ」と誰も取り合わない。

ところでこの「犬も歩けば棒にあたる」という諺、なまじ動き回れば禍にあうという
諺であることはご存知のとおり。五代将軍綱吉の時代、「生類憐れみの令」を発令
してからだと言われている。特に犬を愛護、犬を殺傷するものは、処刑された。
そこに江戸市民の苦しみとため息からこの諺が生まれたようである。
しかし今日の時代にあっては、そのようにじっと耐えたり恐れたりしたのでは何も
出来ない。むしろ動き回ってこそ幸運にめぐり合うという考え方から、時代とともに
その解釈も変ってくるのが諺でないのか。
そして頭角を表すと「出る杭は打たれる」のが世の常。

人は黙っていると非難され、多く語るといって非難され、少ししか語らないといって
非難される。この世に非難されない人はいない。ただ非難されるだけの人は過去にも
いなかったし、未来にもいないだろう。現在もいない。<インド原始聖典「ダンマパダ」>

今年もあと1ヶ月足らず。かけがえのない人生を思いっきり”生きる”ことが必要。
時には「手負いの猪」のように進もうというわけではないが、充実感に幸福を感じたい
ものだ。戌年から猪年へと進むためにも・・。
だが我が家の犬は、諺どおり忠実で一日中寝ている。
あわてない!あわてない!足元をみよ!と無言の説法をしているように見えてきた。
ともかく元気で、来る戌年を迎えたいものである。