明日何をすべきかを知る

明日ありと 思う心の 仇桜
      夜半に風の 吹かぬものかは
親鸞聖人(浄土真宗開祖)が僧侶になるときに作った歌のようですが、世の中一寸先は
闇だといわれるように、明日どころか、一秒後でさえ何が起こるかわからないというの
が私たちの人生であると思う方は多いと思います。
「わかっちゃいるけど やめられない」とはよく言いますが、今日やるべきこと明日に
明日やることを来月に延ばしたりします。全然解っていないのが私たちです。

ある老人が病気になって入院し、危篤になりましたが医者の努力によって助かりました。
退院するほど元気にならないままに入院し続けていたある日のこと、見舞いに行った
知人に向かってつぶやいた言葉が、「わたしはこうやって病院にいて、死ぬのを待っている
だけだ、と考えると毎日が空しくて・・・」
この老人に「明日」という日は、なにもすることがないかまたは死ぬだけだということに
なってしまい、不幸を自ら作ってしまっています。
ところが、そのことを知った幼友達が不自由で車椅子生活にもかかわらず、会いにくると
いう手紙をくれました。その手紙を受け取った日から、その老人は「明日」を待つように
なったそうです。今日の連続が明日に繋がり、明日することを持っているということは、
人間として生きてゆく生きがいを持っているということなのだから、どんなことでもいいと
思います。
定年退職したら、趣味に転じようと思う方がいますが、定年後にいまから準備したらいいので
はないでしょうか。思い立ったら吉日、歩けば見えてきます。

平成十八年戌年。頂いたこの身体、この心を清清しく、輝かせて、今日から明日へ、明日から
明後日へと暮らして行きましょう。皆様にとってこの一年が来年へと続きますよう、ご多幸を
お祈りいたします。