五月病というが・・・・・。

今日時点でここ函館には桜が開かない。厳冬豪雪の精だろうか。
ゴ−ルデンウイ−クとかで観光の方が訪れる。 犬を通じて知り合いになった方と昨日
お会いした。昨年の正月にも来函され、函館がお好きのようである。
このお付き合いは犬が取り持つご縁。話をしていると必ず犬に戻る。犬がわれわれの
こころを修正してくれる。 
そして、もう一つ。ボ−ルル−ムダンス、所謂社交ダンスの競技会を観戦してきた。
最近テレビでも芸能人のダンスシ−ンが放映され、ダンスも過熱気味?。
久しぶりに、ホ−ムペ−ジ仲間?とまではいかないが、たまに仏事一般のことで質問を
されるかたから書き込みがあった。
ご自身のホ−ムペ−ジでも自論を展開され、人生を前向きに生きて居られる方でる。
同じく社交ダンスに精通されているようで、殊更親しみを感じている。
しかし、知り合って2年にもなるが一度もお目にかかっていない。

よく言う五月病。激烈な入試という関門を通って、大学の門をくぐったあとに起きる
一種の虚脱状態である。
「月に叢雲(むらくも)花に風、心のままにならぬこそ、浮世にすめるならひなれ」で
とかく不景気の風に吹きまくられ懐淋しいものにとっては体をもてあました。
一度は経験する状態である。
中原中也は言う。「人が、もし無限に面白かったら、笑う暇はない」と。
悲喜。苦楽の交差しているところに人生の妙味があるともいえるがここは奮起一発、
頭燃を救う底の精進あるのみ。

犬を会してお付き合いをしている方、ホ−ムペ−ジが取り持ち知り合いになった方。
ご縁を頂いている。いまわが身には五月病はない。感じていない。
そう感じようではないか。
”散る桜残る桜も散る桜”一瞬にして花開く桜、そして散る。
そこに醍醐味がある。