みんなお客様

先月27日義父が他界した。おんとし83歳であった。
海で育った根っからの漁師、船を所有し自由自在に操り、魚を獲らせたら漁師仲間では抜群の技量
の持ち主であった。酒を嗜み、タバコを愛し、仲間からは良き知識の持ち主であったようである。
しかし人生は平穏な波ばかりが続かなかったようである。漁師も陸に上がるとただの人?。
16年前、愛妻(60歳)を亡くしたころから、弱音を吐くようになったと聞いた。

2日後通夜・葬式が営まれた。16年前の時とは違い、葬儀社のホ−ルでしめやかに行われた。
 この地方(千葉:南房総市)では、自宅で通夜・翌日、出棺火葬後自宅に戻り葬前回向。
 葬列を組んで菩提寺へ赴き、葬儀。納骨を済ませ、忌中取越法要(お祓い)が営まれる。
 終わって庫裡広間で精進落しのお膳に着く。自宅に戻る頃には午後7時は回っている。
近所周りが総出で故人を送る。自宅を開放して縁ある方々が次々と弔問に訪れ、喪主家では応対に
追われる。そこの地区独特のしきたりがあったり、特有の作法を教わるのである。
とにかくみんなで送る。故人のまさしく集大成であるかのように・・。

ところが通夜へホ-ルに出かけたきり、そこからスタ−トである。葬儀社のメニュ−でことが進む。
その晩はホ−ルに泊まり、入浴もでき次の朝を向かえ葬前回向。霊柩車先導でマイクロバスが
火葬場へと走る。火葬が終わると菩提寺へ向かい葬儀、納骨、忌中法要。終わるとホ−ルへ戻り
精進落しのお膳に着く。自宅へ着いたのは午後6時前。
みんながお客様である。
確かに、自宅の開放や近所づきあいもそれ相応でいい。楽である。
この地方も都会化され、あの葬列が無くなり、こころの持ちようが解らなくなり、あっけない・
味気ない葬儀になっていくようで堪らない。 誰かが人の心は金で買えるといったがとんでもない。
我が心すら儘ならないのに、本当のこころまでも金で買えるわけがない。
今風にアレンジするのもいいが、どこかで昔の送るこころを表現していかなくてはならないのでは
ないだろうか。喪主も葬儀社もそして僧侶も・・。
悲しむ人がいない。悲しむときがない。悲しもうとしない。

本当に悲しいのだ。こころから義父を送ったんだという時点を見つけながら、お客様でなかったんだと
こころに念じていた。喪主側の立場であった今回の義父の死。本当に送ることができたのだろうか。
素直に問いかけてゆきたい。