なぜ日本人は賽銭を投げるのか

民族学者の新谷尚紀さんの著書にある。
メディアが流す”お金は大事だよ~”と謳っているようにお金は大切なのに「投げてしまう」。
無礼にも神様にむかって、仏様にむかって投げるのはなぜか!

まもなく節分である。今年も豆をはじめ、いろんなものが投げられる。
一年の平穏無事を祈って・・。
地方によってはその中にお金が入れてある。特に厄年の厄払いにお金を撒く風習のところもある。
九州のある地方では、年の数だけ撒く。
42歳はまだいいが、60歳の還暦は大変である。
千円札だと6万円。1万円札だと60万円にもなってしまう。
100円でもいいが、あまりケチりすぎると馬鹿にされ効能がないようにも思われるそうである。
まるで、元旦に神社仏閣に大勢の人込みをかき分け賽銭箱の前に立って、自分は100円を
賽銭箱に投げいれようと考えていたところ、隣の人が1万円札を投げいれた瞬間、隣の人より
先に”柏手”をうち、みずからのお賽銭を懐に戻しお祈りをするようなものである。

お金は物を買うものである。先の「三輪空寂」のことわりを思い出していただきたい。
神様(仏様)-自分-お賽銭(お金)が一心同体でなくてはならない。
そこに邪見が入るととんでもないことになる。

信仰や儀式の場では、さまざまなケガレを吸い付ける道具ともなる。
だから、厄払いでケガレをはらい清めるためにお金を撒き、神社仏閣で賽銭をなげる。

今年も「善星皆来 悪星退散」を願い、投げるのでなくきれいにこころから撒こう。