健康診断がやってきた

正法眼蔵随聞記(しょうぼうげんぞうずいもんき)』という書物がある。
曹洞宗開祖道元禅師さまの一番弟子、懐弉(えじょう)禅師さまの師匠と弟子の親しい懇ろな
かたらいの書である。
その第六十五話に、「夜話に云く、学道(がくどう)の人は最も貧(ひん)なるべし」とある。
  この夜の話も、人間の人間らしさは、物的財貨によって決定されるのもではないという
  訓戒であった。物的財貨の繁栄には”瞋恚(しんい)《怒り・憎しみ・恨みなどの憎悪の感情》”
  がつきものである。~貧にして貧らざるときは、先ず此の難を免れて、安楽自在なり、~
  繁栄は人間誰しも喜ぶところではあるが、常に節度を守りて、貪婪(どんらん)に陥らぬよう、
  非道にわたらぬよう、深くつつしむところがなければならぬ~云々

今年も健康診断の時期となった。今年からマ-クシ-ト方式だ。
問診票もきれいな活字。そして問診項目である。
多種多様な食生活をはじめ色々な生活習慣からか項目が増えてきたような感じがする。
さまざまな現状から応対できず一方通行的な生活リズムをしかれている感がある。
まずは[1]かかりつけの医師がいますか? さらに 内科(消化器科・・・・・・ 外科・・・
[7]アルコ-ルについて・・・[9]運動について・・・・[10]休息について・・・・・
・・・・[11]運動や食生活等の生活習慣を改善してみようと思いますか   で結ばれている。
その問診項目を見ていたらこんな話を思い出したのである。
 いまから約25年位前に聞いた話。 
 アフリカのある地域に経済力を持った大手の企業が開拓に入ろうとした。
 企業のトップとその地の部族の首長との間で話し合いがもたれた。
 電気や水道、ガスの普及や衣食住に関するすべてのことを企業のトップは説明承諾させようと
 一生懸命になった。首長は、後日部族のみんなで話し合うので待ってくれと別れた。
 再開して企業のトップは良い返事を貰えるかと期待していた。
 が、しかし”ノ-”。 みんなで話し合った結果、いまのままでいいという。
 首長曰く、「今日食べれるだけの狩猟をし、食べるだけの漁をする。
 暗くなったら寝ること、明るくなったら起きること。自然と一緒に暮らせたらそれで満足だ」と云った。
 トップは敢え無く退散した。
とっくの昔に自然と共存共栄を選んだ部族に感服するのである。
「生活環境と自然環境」・・・・。

さて当日、医師からの処方はというと待ち時間は長いが問診はすぐ終わる。
さきの医師ではないが、自らの手を施さずパソコンの画面を診て診断しているかのように
機械的に診断され、マニュアル通りの処方箋がでる。
お陰で毎年、胃部再検査を勧められている。昨年もかかりつけの医院でカメラを呑んだ。

手当とはよくいったものである。手で患部を触れて診断を下す。特に指の部分では、
普段無用の長物かと思われがちな薬指がその重要な部分だということを。

「頭を剃って 欲を剃らず 衣を染めて こころを染めず」
私は、この句が好きである。身も心もこうでなければならないと常々思う。
そんな意味で健康診断も一年のバロメ-タ-である。
「すべからく貧でなければならない」ということである。