素朴に”木魚”って?

お檀家さんで「木魚ってなんでこんなカタチしてるんですか?」と問われた。
意味は解っているが、なぜこのような形なのかを改めて聞かれるとつまってしまった。
後日ということで失礼した。

いろんなお坊さんからの教示を受けたが決めは伝わらない。
そんな中、携帯検索で答えを見つけた・・月刊「観自在」という書物からの出展のようである。
それによると、いろんな説があるようである。
師の教えに背いた弟子僧が報いを受けて、大魚に姿をかえられた。しかも背中に大樹が生えたので
海の中を風浪にあおれて、泳ぐこともままならない。弟子は苦しさに堪えかねた末、師僧に懺悔して
その背中に生えた木を伐ってもらい、それでもって法器にしたのが木魚の起源だとか・・。
また一説には、天竺からの帰途、玄奘三蔵法師が四川省の桟道にさしかかっている時、一人の長者に
行きあった。長者にはまだ年端もゆかぬ幼子がいたが、その子の母親はすでに亡くなり、可愛相に
長者の後添えの継母にたいそう虐められいた。ある日のこと継母は長者の不在を見計らって、とうとう
幼子を高所から川に突き落とし殺してしまった。幼子を失った長者は悲嘆に暮れ、近隣の僧を請して
懇ろに供養していた。たまたま高名な三蔵法師がこの地を通ることを知り、喜んで屋敷に迎いいれた。
長者は御馳走を次から次へと運びこんだのだが、三蔵法師は口にしない。
伺うと”わたしは長旅でたいそう疲れておりますのでこのような精進料理でなく、できましたら魚肉を
いただかせてもらいたいと存じます」 高名な三蔵法師が生臭ものを食したいとは・・・・・
三蔵法師はそれにかぶせるように「それもできるだけ大きな魚でないとだめです」と念を押した。
そんなやり取りの末、大きな魚が運び込まれた。
すると魚腹の中から継母に川に投げられた幼子が元気な泣き声をあげていたのだった。
三蔵法師が静かに口を開いた。
「この子はさきの世から死なない宿命を持するが故に大魚に呑まるるといえども死せざるなり」と。
長者が聞いた。「どのようにして魚の恩に報いればいいのか」と。
三蔵法師曰く、「木をもって魚の形を彫り、これを仏寺に懸け、食事の時にそれを打ち、もって魚の
恩に報ずべし」と。

この年になって木魚の一説が解ったのである。
日常の知らないことまだまだいっぱいあります。