喜捨(きしゃ:喜んで捨てる)を考える

反面、持っているものの整理がつかず何でも大切に保管(保存)していることが
生活の中でどんなに多いことか・・。終いにはその保管場所さえ解らなくなり
ただ無駄に右往左往している現実がそこにある。
なにかに使える、いつかは使うことができると欲が先行する。
子供のころによく見ていたTV漫画「タイガ-マスク」、その主人公「伊達直人」の
名前で全国各地の児童福祉施設にランドセルやら贈り物が数々届いているのは
ご承知の処である。
なかなか理解できなかった施設や福祉社会のあり方、関わり方などを教えてくれ
るもの大いに結構である。
「喜んで捨てる」
特に考えてしまうのが『寄附』行為の問題であろう。
寄附自体が社会に浸透していない。逆に一方的に菩提寺から金額まで決められる
行為そのものが反社会的に捉えられてしまっている現状ではないのか。
(ちなみに當智恩寺の庫裡建設寄附は檀家総会でご理解ののもとに行われている)
こうした所謂「寄附文化」が根付いていたらそんなに伊達直人も話題にはならなかった
のかもしれない。              ある宗教誌の一説を引用させていただくと
”寺の存在を維持する檀家制度のある日本も、教会税のような制度と比較するなら
お布施は自由な意思に基づく寄附であることははっきりするだろう~中略~
布施を寄付と意識して受け、喜捨する人の善意を生かすよう望ましい形で宗教活動の
ために用いることができているいるか云々”

2月15日はお釈迦様の涅槃会、お釈迦様は自らの命を喜捨して我々に法を説いて
下さっている。今一度そのご遺徳を偲び我々はどうすべきかを考えてみるのもいい。